Essay 6 墓と仏壇のはなし。





 墓、といえば、どうしてもネガティヴなイメージがあるのが一般的かと思う。
 が……ウチの場合はどうだろう、と考えてみると、どうしても笑いがこみあげてくるのを禁じ得ないのだ。その……諸処の事情によって。
 母方の家の事情をここで暴露してみよう。
 私の母方の祖母が、去年米寿の祝いをした明治生まれの老女なのだが……ああ、こう書いたのがバレると怒られてしまうだろうなぁ。70過ぎてからの話だが、同い年のご婦人が新聞に「老女」と書かれた、と言って怒っていたことがあったのだ。しかし……70過ぎたら老女だよね? しかし祖母はガンコに老女ではない、と言い張るのだ。
 まぁこの人というのが、当時としては画期的な北大卒、戦争で夫を亡くして看護婦一筋ン十年で私の母を含めた4人の子供を育てあげた、というツワモノなのだから、無理もないといえば無理もない話かもしれない。
 しかも息子二人が苦学しながら飛行機屋さんになってくれたものだから、その家族チケット(と言うのか?)で70歳を過ぎてから海外旅行に行き始め、何と20回以上! しかもやーっとホテルが一軒建ったかな、という全く観光的に整備も何もされていないような時代の中国は敦煌周辺の砂漠なぞに、喜々として出かけていったりもしたのだ。
 頭も柔らかすぎるほど柔らかく、娘であるウチの母親のほうがよっぽど石頭だったりするのだから恐れ入る。
 といっても、そんな祖母に育てられた母や伯父叔母たちも、しかし頭ガチガチなはずはなく、リベラルっつーかいーかげんっつーか、柔軟っつーか革新的っつーか合理主義っつーか、まぁ母方の親戚の笑い話を集めたら、それだけで本が一冊できてしまうほどなので、ここでくわしく書くのはやめよう。

 

 で。そんな柔軟な我が愛すべき親戚たちなのだが。
 祖母は昔から、母の兄である伯父夫婦と一緒に住んでいた。当然、戦争で他界した(仏領インドシナ、と当時呼ばれていたところで働いていたそうだが、郵便船で帰国途中に連合国軍に攻撃され、船ごと沈んでしまったそうだ。ちなみに国際郵便条約は、郵便船は決して攻撃してはならないことになっているらしい)祖父の位牌や仏壇も伯父の家にあった。
 これは、私がまだ学生だった時のことだったと思う。
 母曰く、ある日突然、伯父から電話がかかってきたというのだ。その内容とは――。
「仏壇、邪魔臭いから庭で焼いちゃおうと思うんだけど、塩でも撒いときゃ平気かなあ?」
 邪魔臭い!? 庭で焼く!? 塩でも撒いときゃ!? 何じゃそりゃー!?
 母はそう思ったそうだ。そう思ったと、彼女は一応主張している。
 だったら母よ、何故にあなたは、
「あ、そう……いーんじゃない?」
 などと答えるのだ!?
 無論、祖母も伯父と全く同意見だった。
 あーんな邪魔臭いもの取っといたってどーなるもんでもなし、しかも戦時中物のないときに買ったあまりにもボロっちいものだ。誰か処分してくんないかな。でも自分で処分するのはメンドイし、何だか気味悪いしなぁ……。
 そう思っていたというのだ! でもって、伯父と庭で焼いちゃうことにしてしまう祖母っていったい……。
 私が話を聞かされたのは、もうコトが終わったあとだった。
 さすがの私といえど、呆れた。
 いや、仏壇を焼いたのが悪いというのではない。私は天下御免の無神論者だ。哲学としての仏教には興味はあるが、宗教? 何それ美味しい? 神様なんて会ったことないからどーいう人だか知らないわー、という私である。そんなことは毫ほども思わない。
 私が呆れたのは、
「よーっくもあんたたち、その年代のくせしてそーんな大胆なことができるねっ! 歳の取り方間違えてるか、生まれた年代ごまかしてんじゃないのっ!?」
 ……ということだったのだ。ディスプレイの前で、カエルの子は何とやら、とつぶやくのはやめていただきたい。よけーなお世話だ。
 そして、話を聞いて更にびびったのは……さすがに私は、位牌くらいは取っておいてあるものと思ったのだ。が! 何と! 伯父たちは祖父の位牌も焼いちゃったのだった!
「……おいおいおっさん」
 私がげんなりとしてそうつぶやいてしまったのも無理ないことと、ねえ、みなさん、そう思ってくれるでしょう!?

 

 さて、話はここでは終わらない。
 まぁそこはそれ、親戚一同「いーんじゃない」で終わってしまったことである。今更私が何を言ってもどうしようもないことだし、言う気もなかったから、それはそれでしょうがない。
 私が二十歳すぎてからのことである。
 父方というのは、先祖はリベラルで面白い(笑える?)人物だったくせに、墓や宗教に関してはうるさくてカタい。
 そして、それについて話していた時のことだと思う。はたと気づいたのだ。
 そういえば、私、母方の墓も菩提寺も知らんぞ。誰かお参りに行ってるって話も聞かないぞ!?
 二十歳すぎまでそんなことに気づかなかったのもいーかげんマヌケな話だが、そんな話題を出してくる者なんぞ、うちには一人もいなかったのだ。無論、隠そうとするような不自然さもなかったから、探り出しようもなかったのである。……言い訳じゃないよ。
 疑問に思った私は、もしや、と顔をひきつらせながらも訊いてみたのだ。
「ねえ、うちの墓ってどーなってるの?」
 その時の母の答えは、私を絶句させるのに充分なものだったのだ。
「ああ、お兄ちゃん(伯父のことだ)が言ってたけどね、『遠縁の人たちに譲ってきちゃったからだーいじょうぶ!』だって」
 ……絶句。
 大丈夫!? 大丈夫って何が!? そりゃ遠〜いご先祖様の義理も果たしてくれるだろうし、お参り手入れもしてくれるかもしれないが、譲った、ということはウチの誰ひとりとして、そこには入らないって前提のもとに言うことであって……なにーっ!?
 しかもその言い訳がふるっている。
「だって、お父さん(私の祖父のことである)の遺骨も遺品も何もないのよ? お墓なんてあってもしょうがないでしょ?」
 ……さらに絶句。大きく問題がずれている、と思ったアナタはめでたく常識的なヒトだ。そのとおり、ずれまくっている。だけど、本人たちは至って真面目なのだ。……あああ、何てヤツラだ。
 だからぁ、そういう問題じゃなくてえ、アンタタチがどこに入るのかって訊いてんの! 私は! そううんざりしながら訊いた私に、みなさん揃って答えてくださった。
「献体・散骨で終わりっ。葬式不要っ」
 ……なるほど。さすがに大病院の寮に住んでいたこともある、長年医療に従事した祖母の娘息子たちである。
 そこで納得しちまう私も私だが……いったい、この頭の軟らかさ、もといいーかげんさ、もとい革新的なドライさ、これはいったいどーいうことなのだろう???

 

 さて、仏壇に墓の話だが、余談がある。
 去年の秋、祖母の米寿祝いのささやか?なパーティを横浜でやったのだが、そのときに仏壇焼いちまった話が出た。
「やるよねぇ、伯父さんもおばーちゃんもさ(笑)」
 と談笑していたのだが。
 伯父や祖母と同居している従兄の嫁さんが、それを聞いてひと言、おっとりとのたまったのだ。
「位牌も焼いた? あらー、私、燃えるゴミの日に生ゴミと一緒に、黒いビニール袋に詰め捨てたって聞きましたけどー?
 絶句。そして爆笑。くそー笑うなよっ! うう、こいつら酒入ってやがるー。
 ……笑いながらも内心で頭をかかえ、もはや何も言うまい、と思った私を責めるヒトはいないだろう。
 だからねっ、ウチの母方ってのはそーいう家なんだよッ!!!
 そして、転んでもタダでは起きるまい、転んだところで土をつかめ……なんてのがモットーのひとつであるとはいえ、しっかりとネタにしてしまってる私も私でございます。
 だからって言って、
「カエルの子は……」
 なんていうツッコミは不要なものだということを、読者諸君は肝に命じていただきたいものである。
 それでなくても、最近私がよく思うことっつったら「私って墓穴掘り名人?」なーんてことなんだから。
 ……ツルハシなんざデフォルト装備品のよーな気がしてきましたわさ。あーもう……。

'99.04.21 AT

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